今回はスポーツ脳震盪という診断名はひとつだけど、実は患者さんの症状を細かく評価して分類分けすることによって、トリートメントやリハビリをより個別化して適切な回復を促すことができるのでは?というお話しです。
約2年前にEastern Athletic Trainers' Associationというアメリカ北東部のアスレティックトレーナー 達で構成される協会の「脳震盪サミット」に参加したのですが、ここで初めて、
「スポーツ脳震盪は更に細かく六つに分類される」
という非常に興味深い話を聞きました。少なくとも大学院の授業では学ばなかったことで、とても興味が湧いたことを覚えています。
今回はこのことについてまとめているCollins et al. (2014)の文献、「 A comprehensive, targeted approach to the clinical care of athletes following sport-related concussion」を中心に話をします。
スポーツ脳震盪の評価や診断における矛盾
Collinsらがこの論文を発表した背景としては、個々人によって様々な症状があるのに、従来スポーツ脳震盪に対しては全てを一括りにして診断も治療も行ってきた、という点があります。
例えば、「腰痛」と一括りに言っても、それが椎間板に関連しているのか、筋肉に関係しているのか、椎間関節に関連しているのかによってケアの仕方は変わると思います。
更に言えば身体の他の部位のどの機能不全が関わっているかなどを総合的に考慮した上で、診断や評価をし、治療やリハビリを計画するのが適切であることは誰もが一致するところのはずです。
Collinsらが言っているのは「個人によって症状は違うし、症状が出ている原因や部位もケースバイケースだから、その違いをはっきりとさせた上で治療やリハビリを行いましょうよ」と言うことです。
個人的にはスポーツ脳震盪は「スポーツ脳震盪」でしかないと思っていたので、その要因が個々人で異なるとは深く考えたことがなく、非常に新鮮な提言でした。
スポーツ脳震盪の「回復」に影響する六つの要因
Collinsらが挙げる六つの要因・カテゴリーは以下の通りです。因みに論文の中では「Clinical Trajectories」と記載されているのですが、日本語に無理やり訳すと「臨床予後予測」と言う言葉が近いようで、受傷後の回復の経過を表す言葉のようです(もっと適切な訳をご存知の方、是非ご教授ください!)。
1. Cognitive/Fatigue(認知・疲労) Trajectory
疲労感や活力低下、頭痛や睡眠傷害などがこれらに当てはまります。特に、「集中力の低下」や「認知活動に伴う頭痛の増強」がこの分類の特徴でもある様です。
普段授業を受けている学生が以上の様な訴えをしているときには要注意だと思います。
通常、スポーツ脳震盪と診断された選手がクラスなどを受けている場合、その参加をコントロールしたり遅らせたりすることが望ましいです。
ただし、選手がある程度回復して、授業に再び参加し始めたときに (Return to School/Class)、その認知活動の増加によってスポーツ脳震盪による症状が再び現れることもあります。
Collinsらは本分類に関して、ImPACTの様なコンピュータベースの神経認知テスト(Neurocognitive Testing)を用いた場合「記憶」、「情報処理スピード」そして「反応速度」などの広い範囲に渡って影響がみられる、と述べています。
2. Vestibular (前庭) Trajectory
前庭感覚に関連する分類です。めまい、霧の中にいる様な感覚、吐き気、不安感、複雑な環境下での過敏、などがこの分類に当たります。そのほかにも「a feeling of being detached」もありますが、うまく訳せないので省きました(フワフワした感じとか?)。
本分類に該当する選手の主訴としては、スーパーマーケットや学校の食堂など、人が多かったり雑音が多かったりする様な場所での症状の悪化が挙げられるとのことです。
3. Ocular Motor (眼球運動) Trajectory
眼球運動に関する分類。この分類に該当する症状は、前頭部に偏った頭痛、疲労感、注意散漫、目の後ろの圧迫感などが上げられるとのこと。
長時間目を使う様な作業、例えば本を読んだり、スマホやパソコン・テレビなどをみる際に以上の症状が悪化することが特徴として挙げられます。
前庭眼球システム (Vestibular/Ocular Motor)の有用なスクリーニングツールとして紹介したVOMSに関する記事でも触れましたが、スポーツ脳震盪の際にOcular Motorが影響を受けるケースは少なくありません。
なので、受傷した選手に対してあまりテレビをみたりスマホをみすぎたりしない様にアドバイスをするのはこのためです(私もそうですが、今の時代スマホをみられないのはかなり辛いですよね。笑)。
スポーツ脳震盪でなくてもスマホやパソコンの見過ぎで眼精疲労が出たりするので、スポーツ脳震盪によって過敏になったところにそれらの刺激がどれほどのストレスになるかは想像できるのではないでしょうか。
4. Anxiety/Mood Trajectory
不安感や気分に関する分類。気分が落ち込んだり、イライラしやすかったり、ネガティブな考えを止めることができなかったり、といった症状が特徴になります。
普段は明るい選手が暗い様子でいるときなど、普段と様子が違うときには本分類に該当する可能性が高いです。
ちなみにCollinsらは、本人や家族の既往歴にAnxietyがあるかどうかも注目するべきだと述べています。このことからも定期的な健康診断、特に競技参加前のスクリーニング (PPE: Pre-Participation Exam)の重要性が伺えます。
5. Post-traumatic Migraine (外傷後片頭痛) Trajectory
もともと片頭痛持ちで、前庭や眼球運動システムの方に異常がみられない場合がこの分類になるそうです。
4と一緒で予め競技参加前のスクリーニングで、本人及び家族の既往歴を把握しておくことが大切になります。
どうでも良いのですが、「片頭痛」と「偏頭痛」は医学用語としてはどちらが正しいのでしょうか?(誰か教えて〜。)
6. Cervical (頸椎) Trajectory
見逃しがちなのが、頸椎に関連する症状です。頭痛や首の痛みがあって、前庭や眼球運動系と神経認知系の機能に影響がない場合は、このケースを疑います。
スポーツ脳震盪の評価のスタンダードなツールであるSCAT5では、頸椎に関する質問/スクリーニングは以下の一問に留まっています。
"Does the patient have a full range of pain-free passive cervical movement?"
(患者は、頸椎の受動的な動きに対して、全可動域を通して痛みがありませんか?)*
*なんで日本語にするとこうもくどくなってしまうのでしょうか。。。すみません。笑
なので、SCAT5に加えて頸椎の細かな評価が必要になってきます。この辺は整形外科のドクターや理学療法士、アスレティックトレーナー などの専門的な知識と経験のある人たちの介入が必要となります。
Clinical Trajectoryに関する注意点
2019年にAmerican Medical Society for Sports medicineが出したPosition Statementでは、Clinical TrajectoryではなくClinical Profileと言う呼び方がされていました。
Clinical Profileは六つに分けられますが、下記の図の様にそれぞれはオーバーラップしていて、複数の分類を跨いで症状を発生する選手も少なくないので注意が必要です 。
結局オーバーラップしているなら細かい分類はいらないのでは?と思う方もいらっしゃるかもしれませんが、それぞれの症状によって影響を受ける器官や機能が異なります。
従って、それに応じたケアを施すためのフレームワークとしてClinical Profileは重要な役割を担う概念だと言われています。(Collins et al., 2016)。
(Harmon et al., 2019)
スポーツ脳震盪研究の未来
ここまでスポーツ脳震盪の分類について紹介させていただいました。分類の次のステップとしてより分類ごとに特化したトリートメント・リハビリを行うことがあります。この辺りはまた機会をみてシェアできればと思います。
因みに、その辺りについても参考文献に情報がありますので、「待てないよ!」と言う方は文献を実際にご覧ください。
個人的には、スポーツ脳震盪の評価のプロファイリングやトリートメントの個別化は大切なことだと思いますし、一プラクティショナーとして非常に興味を持っています。
再度強調したいのは、この分野の研究はまだまだこれから積み重ねられていく途中であるということです。このことは先に挙げたHermonらのポジションステイトメントでも以下の通り述べられています。
It must be stressed that this is an emerging concept and does not represent clinical standards or norms but may serve to facilitate individualised patient management.
(Harmon et al., 2019)
とは言え、VOMSの様にスポーツ脳震盪をさらに踏み込んで評価する評価ツールも出てきていますし、それに応じて専門家が介入するということが現場レベルでは行われているのも事実です (Collins et al., 2016)。
この分野の研究がこれからどの様に進んでいくのか、非常に楽しみです。
まとめ
全くの余談ですが、今回二つの文献を引用させてもらったCollinsさん。
私が二年半を過ごしたペンシルベニア州にある、University of Pittsburgh Medical Center (UPMC)の研究者のようでなんとなく親近感が湧いています。笑
ピッツバーグには試合の遠征でよくいきましたし、おいしいカフェモカ のお店があるので好きな街です。笑
UPMCはVOMSを生み出した研究どころでもありますし、スポーツ脳震盪に興味があるアスレティックトレーナー の方でPhDを検討されている方などは、研究する場所としては非常に面白い場所なのでは?と思ったりもします。
では。
Akira
Reference
Collins, M. W., Kontos, A. P., Reynolds, E., Murawski, C. D., & Fu, F. H. (2014). A comprehensive, targeted approach to the clinical care of athletes following sport-related concussion. Knee Surgery, Sports Traumatology, Arthroscopy: Official Journal of the ESSKA, 22(2), 235–246. https://doi.org/10.1007/s00167-013-2791-6
Collins, M. W., Kontos, A. P., Okonkwo, D. O., Almquist, J., Bailes, J., Barisa, M., Bazarian, J., Bloom, O. J., Brody, D., Cantu, R., Cardenas, J., Clugston, J., Cohen, R., Echemendia, R., Elbin, R. J., Ellenbogen, R., Fonseca, J., Gioia, G., Guskiewicz, K., … Zafonte, R. (2016). Concussion is Treatable: Statements of Agreement from the Targeted Evaluation and Active Management (TEAM) Approaches to Treating Concussion Meeting held in Pittsburgh, October 15–16, 2015. Neurosurgery, 79(6), 912–929. https://doi.org/10.1227/NEU.0000000000001447
Harmon, K. G., Clugston, J. R., Dec, K., Hainline, B., Herring, S., Kane, S. F., Kontos, A. P., Leddy, J. J., McCrea, M., Poddar, S. K., Putukian, M., Wilson, J. C., & Roberts, W. O. (2019). American Medical Society for Sports Medicine position statement on concussion in sport. British Journal of Sports Medicine, 53(4), 213–225. https://doi.org/10.1136/bjsports-2018-100338
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